忘れられない一言

サイレントヒル真エンドで、「雛子の目で見ている父」と、
実際の父の行動原理や想いに結構な差があったことがちょっとだけわかりましたよね。
愛が無ければ見えない ってやつだなあ。

ところで、うちの家族って、はたから見てもかなり仲が良い方みたいで
私たち兄弟はみんな「愛されて育った」自覚が結構あると思うんです。
ただ、愛を受けたからといって傷を全く受けていないかというとそうではなく
お互いに傷つけあったり助け合ったりして生きてきたよね。

母は父のどうしても許せないことがいまだにあるようだし
私も母には感謝しているが「これは許せない」というようなことがある。

最近Xで話題になった「親から言われた忘れられない一言」というお題。
ほんとうに絶対に忘れられない言葉があって、何度もコメントしようと思ったのだけど、
あまりにヘビーだし今までほんとうに誰にも言えなかった深めの傷なので迷いに迷ってこうして辺境の地のブログに書くことを決心しました。

まずは経緯や背景について。
母の実家はもともと阪神大震災で大打撃を受けた地域にあって、幸い親戚で死者はでなかったものの
祖母が一人暮らししていた実家は全焼でした。
そのタイミングで引っ越しと転校をし、私たち一家は祖母と同居することになりました。
6人家族、3LDKでの暮らし。
小学校高学年くらいで子供部屋から出て、私は祖母と同じ部屋で生活することになりました。
思春期まっただなかの私は、かわいがってもらいながらも祖母ともよくケンカをしていました。
高校に入ってからは服装のことを恥ずかしいと言われたり、BL漫画が見つかってはしたないと怒られたり(笑)良い意味でも悪い意味でも近い距離で喧嘩したり仲良くしたりして一緒に暮らしていた、と、私は認識しています。

ところで、私は自己診断でADHDを持っているのですが、大きな特性として片付けがとっても苦手です。
部屋が壊滅的に汚いです。
祖母と同部屋だったころは「毎日片づけして掃除する」を条件にお小遣いをもらっていて、
それでギリギリ人間の部屋を保っていた…記憶があるのですが(少なくとも現在の自部屋の100倍は片付いてた)それでも他人から見ると汚い部屋だったとは思う。

私が高校生のころ、祖母はガンになりました。
何度か手術や治療をするなかで、体がどんどん弱っていく祖母。
ある日、トイレから悲鳴が聞こえてきて、かけつけると骨粗しょう症でボロボロになった祖母の骨が、かがんだ衝撃かなにかでぽっきり折れてしまっていました。その時の衝撃、光景は今も覚えています。
またある日、強烈な胃の不調を訴え病院に運ばれた祖母は、胃に穴が開いていました。

本来であれば、家族全員で一丸となってサポートしていくべきだったのでしょう。
しかし、未熟だった私は、帰宅した祖母が過ごしやすいように部屋を綺麗にたもつ努力をしなかったそうです。
もちろん完全に無関心で身勝手に過ごしていたつもりはなかった。
お見舞いも行っていたし、元気づけるために日記帳にコメントを書き込んだり、藁にもすがりたい母につきあって検索で見つけたサメ軟骨をネットで注文したり。
ただ、今思えばほんとうに、もっと自発的に行動できなかったかのなと考えます。
そんな私の態度に母はいら立ちを覚えていたでしょうね。

私が17歳の時、祖母は肺がんで亡くなりました。
最後の苦しむ姿はあまりにショックで、直視できなかった。
伯母や母の飲み物を買ってくるように言われたものの、どうしても病室に戻る勇気がなくて
伯母が私を探しに来てやっと一緒に戻れたのをよく覚えています。
もともとしょっちゅう遊びに行っていましたが、同居してからも10年近く経っていて、
ずっと一緒に過ごした祖母が亡くなって、悲しくないはずはない。たくさん泣きました。
ただ、泣きながら心の奥底では、
今日までは冷静に「おばあちゃんってもうすぐ死んじゃうのかな」とか考えていたくせに
別に最後だからって特別優しくしたりしなかったくせに
そんなに悲しむならもっと何かすればよかったんじゃないの?
と、自分の感情と行動の矛盾も感じていました。

さて、本題。
それは祖母の死から何年も後のことだったと思います。
些細なことで母と喧嘩をしました。
発端は全く覚えていないけど多分私のだらしなさについてだったんだと思います。
母は、ヒートアップすると「親が絶対偉い」「住まわしてもらってる分際でたてつくな」系のことを言うタイプなのですが、まあ私もそこそこ年を重ねてくると
「住まわしてくれてるのは父だが」「偉いからって間違ってるもんは間違ってる」
と口答えをしますよね。でも母の目的は「私を黙らせる」「謝らせる」なのでより強い言葉を使おうとする。

そこでこの言葉ですよ。

「あんたがお母さんを殺したくせに!!」

祖母の死因は喫煙等に起因する肺がん、転移した胃がんのはずだ。
ただ、母の中では私のだらしなさが祖母にストレスをあたえ胃がんにし、
私が片づけない部屋で過ごすことで骨折するなどの健康被害を与え、
とにかく「私が祖母の死の元凶」ということになっているらしい。

これにはさすがに傷ついた。
貴方はずっとそう思っていたのかと。
「ダメージを与えたくてより強い表現を探したらこうなった」だけでずっとそう思っていたわけではない可能性もあるとは思うが、そもそも絶対に言ってはいけない言葉だと思うんだよね。

でもね、これ以降たまに言われるんですよ。同じ言葉。
この言葉なら黙らせられると思っているのか、ほんとうに私を「親の仇」としてずっと憎んでいるのかわからないけどこんなきつい言葉を人生で何度も言われてきた。
ので、忘れることはさすがにできない。という話でした。

ただ、普段生活している中でそういう恨みを感じたりいじわるされているということはなくて
むしろほんとうによくしてくれているので
単純に「一時の感情だけで言ってはいけない事を言ってしまう人なんだな」と思っている。
でも許すのかというとそれはできないかな。

これもうちょっと書き足してノートにうつそうかな。


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